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 世紀末の秋もたけなわの11月12日(日)、七五三で賑わう西宮神社会館において我々19回生の卒業以来初めての学年同窓会(準備会)を開催しました。出席申し込みは予想を大幅に上回り、先生方12名、同窓生103名の計115名に達しました。そのため当初予約していた80名の部屋では入りきれなくなり、直前に無理をお願いして急遽二倍の部屋を確保するといううれしい悲鳴をあげました。当日の出席者は先生方11名、同窓生96名の107名でした。

1. 同窓会(準備会)開催までの経緯 
世話役 5田中恒雄

今回の同窓会(準備会)で私は大きなエネルギーを使いましたが、皆さんからその何倍ものエネルギーをもらったような気がします。お忙しい中、またご遠方よりも多数ご出席くださいまして本当にありがとうございました。ここで今回の同窓会(準備会)を開催するに至った経緯を一言お話させていただきたいと思います。

まず何人もの方から「準備会」ってどういうこと?、なぜ「準備会」なの?とか、どうしてお前がやってるの?言う質問を受けました。私が同窓会をしたいと思ったきっかけはもうすぐ6年になりますが、あの阪神淡路大震災の時のことでした。大社中学の校区は大変な被害でしたが、大井手町にあった私の実家も全壊しました。私は結婚した時、新居が狭い事もあってそれまでのものはみんな実家に置いていましたので震災で多くのものを失ってしまいました。しかし思い出の詰まったアルバムだけは何とかして取り出したいと考え、危険を承知で崩れた家に入りました。幸いアルバムは書棚に入れていましたのでほとんど泥もかぶらずに取り出すことが出来ました。その時、卒業アルバムをめくっていて「一体同窓生のみんなはどうしているのだろう、地震で沢山死んでしまったのではないだろうか、一度みんなに会いたい」との思いが込み上げました。

しかし公立高校へ進んだ方とは違い、私は私学へ一人進学しましたのでその時点で中学の同窓生とはぷっつり縁が切れてしまっていました。そのためにその当時私が消息を知っていたのはほんの数人に過ぎませんでした。また震災後は日々の生活に追われ、すぐには同窓会の計画を始めることは出来ませんでした。


ようやく生活も落ち着いた平成9年になって大社中学の50周年記念行事が計画されている事を知りました。おりしもこの年は我々の卒業30周年、今度こそと同窓会の計画に取りかかりました。まず、3年の担任であった河内先生にお電話してみましたが先生は「分からんなあ」と言うお答えでした。次に2年の時の担任であった高光先生にお電話してみました。すると即座に10人ほどの同窓生の消息をファックスして下さいました。そして更に同窓会のことなら上向井君に聞けばよいとのアドバイスをいただきました。そこで早速上向井君に電話をして市西の同窓会名簿を送ってもらいました。7月31日のことでした。次に弟に頼んで県西の同窓会名簿も手に入れました。これでかなりの消息が分かりましたがそれでも学年同窓会をするにはまだどうしようもない状態でした。


第1回世話役会(2000.8.13)
夙川公民館
そこでまずクラス会から始めようと思い立ち、関西在住の5組の同窓生に呼びかけて11月2日にクラス会(準備会)を行うことにしました。その前日11月1日に大社中学の50周年記念式典があり、私も誰かに会えるかも知れないと思って出かけてみました。そこで偶然覚野君、脇野君、岡真由美さん、守山さん、市川さん、そして50周年でも世話役をして下さった松原さんや石上さんらに出会いました。この時30年ぶりにみんなと話していて「これならできる、まず消息の分かっている者だけででもやろう」と確信しました。翌日のクラス会にも河内先生始め11人の同窓生が集まり旧交を温めました。

しかし、その後の消息調べは遅々として進みませんでした。そこでまずは小学校からと平成11年8月に大社小学校の卒業35周年同窓会(準備会)を行いました。この時消息の判明していたのは210人の卒業生のうち約45%の90人位でした。この時大社中学への進学者には「来年は中学の同窓会をしよう」と呼びかけました。それでもこの時点での中学の消息判明者は卒業者の1/3にも満たない165名でした。


第2回世話役会(2000.9.10)
今年の5月連休明けに電子メールアドレスの分かっていた十数名に対して初めて具体的なスケジュール案を発信し、いよいよ準備にとりかかりました。7月には暑中見舞いを兼ねて約30人に世話役会の案内を出しました。8月13日に第1回世話役会を夙川公民館で行いました。この時点で消息の分かっていたのは、約40%の230名でしたが、驚くべきことにこの日だけで実に約100人の新たな消息が判明し、9月10日の第2回世話役会時点では実に約56%の329名の消息が判明していました。人の輪の偉大な力には本当に感動しました。

今回の同窓会をあえて「準備会」と言う名前にした理由はもうお分かりでしょうか。我々の同窓生にはこれまで「同窓会」と言う正式な組織はなかったのです。ですから「同窓会」と言う名前を使うのはどこかで正式に「同窓会」が発足してからにしたいと考えたのです。それに消息が半分も分かっていない状態で正式な同窓会にはできないとも考えたのです。

しかしそれらの心配ももう杞憂に終わりました。大いなる和と輪の力で短期間の間に約65%に達する380余名の消息が判明しました。よって11月12日の吉日を以って我ら大社中学校(昭和42年卒)「同窓会」の発足とさせていただきたいと思います。


第3回世話役会(2000.11.5)
2. 物故者への黙祷 
 既にご他界された先生方や同窓生のご冥福をお祈りして一分間の黙祷を捧げました。
(判明している方々)
・物故された先生方:
 10 増田純一郎先生、13 平野年久先生
東仲貞夫先生、石村美佐子先生
・ 物故された同窓生:
1浜中泰光君、2蔵 義喜君、
6平井光一郎君、7岡本章二君、
7平野敏和君、7水谷一志君、
8中西千枝子さん、9島田(木村)恵美子さん、10山下豊文君、13宮崎(平井)京子さん 
(万一誤りの場合は謹んでお詫び申し上げます)

3. 上田先生のご挨拶と乾杯
(上田先生はこの日が74歳のお誕生日でした)

 本日はこのような由緒ある会場で盛大かつ華麗なる同窓会に出席できますことを本当に嬉しく思っております。私の74年に及ぶ生涯で最良の日であると思います。先程来の幹事の方々のご努力やお忙しい中をご出席いただいた皆様方のお陰であると思います。

 ご案内を頂いて真っ先に卒業アルバムを見せていただきました。東京オリンピックの年に入学されたあなた方は当時紅顔の美少年・美少女であふれておりました。ところが今日はどうでしょうか、まさに男盛り・女盛りといった方々ばかりで圧倒されそうな気がいたします。

 その昔戦国の武将でありました上杉謙信が、49歳の時に七言絶句の漢詩を作っております。その中に「四十九年一睡の夢 一宇の栄華一杯の酒」という句がございます。私も74年を振り返って本当に夢のうちに過ぎたような気がいたします。本日も夢見心地で皆さんと懐かしい思い出話などをしながら楽しい一時を過ごさせていただきたいと思います。

 それでは我が愛すべき大社中学のために、そしてあなた方の幸せな21世紀のために乾杯をいたしましょう。乾杯!


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